おがたかお の 塊

生きる最速の文章たち

未来の信仰

道教が世界最強の人材を有しているのは説得力がある。世界を知れば知るほど、タオに生きることが間違いなく良い気がしてくる。


ひとりでどこにも所属せず信じる。


これは私が人生の中で課されたテーマでもあり、それは孤独とはイコールしない。
むしろ、世界すべてに感覚を開いていける。
安心感を常に持っている楽しい旅路。
もちろん、揺れる感情もある。
暴走する思考もある。
しかし、森羅万象、宇宙の河を流れていけば私にしか得られない宝物が待っているという確信。
特定の場所に行く時だけにしか神を感じられないような世界観はどんどん縮小している。
タオを生きるのに道教に入ることなどしなくてもいい。
自分の中に神域を持つ。流動的な透明な空間には風が吹き、水が流れ、炎があがり、大地、空が広がり、花が咲き、人々が暮らす街もある。

私たちにはそれぞれ、やることがあるんだよ。

毎時、世界最強の私になるだけだ。
実践。実践。実践。

スピリチュアルとは、魂の求める行為だ。
震わせる、色を携える、発したり、吸収したり、離れたり近づいたり。
これは、目に見えないものを手に入れ再び根源に還る物語だ。

天と私、その間に生まれる経験、そして包括する空間、物語の読み手が、自分の、この世界の外に存在している気がする。圧倒的な他者、外部。

壮大な実験のように語る人もいる。真理は身近なものだと悟る人、絶望してる人、逃げている人もいる。

私はどうだろう?

少しずつ、オリジナルの現実ファンタジーに突入している。もう、あまり疑ってない。

現在スピリチュアルとカテゴライズされている世界観はきっと当たり前の概念になっていく。

誰もがタオ(各々の宇宙意志)に生き、摩擦も劣等感もなく、真価を発揮する世の中になる。

未来はひたすら明るい。

これは光に還る、物語だ。


闇なんて、本当は存在しないのではないか?
そこにはただ、光を反射しない空間がぽっかりと開いているのかも。

心の中になにもない空間を持つときっと暗いけれど、様々な個をまだまだ取り込める余地がある。

 

どうだろう?

 

私は透明な存在になり、溶けてしまいたいよ。

 

タオ、どこへ向かおうと、全てと共に。


握りしめていた重たいものは解放、軽やかにステップをふむ。

バキバキと作られる今を、リアルを祝う。

祭りだな。

交信だな。

祈りだし、対話だ。


わかってくれ。

 

まだまだ、この世で生きていくらしい。