おがたかお の 塊

生きる最速の文章たち

天使の行方と絵画

小川未明の飴チョコの天使を読んで寄せる文章です

 

何を考えていたって

行き着く先は同じなんだとして

じゃあ無駄かってそうでもなくて

こうして言葉の量になって運ばれては

時間を費やして泥にハマッたり燃やされたり咥えられたりする

天使なので、痛くもなく恨みもなく

綺麗に昇天していく世界だって、なんだかいじらしいよなぁ

芸術はすでに地獄だっていう

飴チョコの天使だって軽く地獄のようだ

次々と製造されては天に帰り行くだけの絵画が

なぜ私の心を打とう?

自分を重ねたんだろうか?

今ここで、機械的に召されるなにがしかたちを

弔って明日には忘れ肉を喰らうのであった

 

経験して感動すると神様が喜ぶらしい

俯瞰の図が人智を超えて繰り広げられるなら

根源と呼ばれる光に帰る日

死に対するとき、私は天使に近づけるか

泥にハマり燃やされ咥えられたとして

私はまだ、考える余地を持っているか

痛みを感じ、恨み言を吐いては

天使などではない自分を鑑み

運ばれていく命の行く末を

共感して大切に扱うなど

今からの私にできるだろうか?

 

いいや、雑に生きるしかあるまい

私は何をも真に共感しつくすことはできない

誰になることもできず

天使に近づいたとしても羽は黒く腐りもげ地に落ち

大地の養分に成り果て

花が咲き、誰かのプレゼントになるかもしれない

 

わからないことなのだ

 

泣きそうなのは、天使がいじらしいからだ

すべて壊してやりたい

彼らのために

私は今日見た絵画を、破り捨てる